大判例

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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)5141号 判決

原告(反訴被告)

特殊熔接工業株式会社

右代表者

北野舗

右訴訟代理人

菅生浩三

外三名

被告(反訴原告)

岡田重車輛工業株式会社

右代表者

岡田英次郎

右訴訟代理人

岡時寿

山口勉

主文

一  原告の本訴請求を棄却する。

二  反訴被告は反訴原告に対し金七五〇万円を支払え。

三  訴訟費用は、本訴、反訴を通じ、原告の負担とする。

四  この判決は、前記二項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

(本訴について)

一原告および被告はともに建設機械の修理、販売などを業とする会社であることは当事者間に争いがない。

二そして、〈証拠〉によると、本件機械はキャタピラ三菱株式会社において昭和四五年一〇月製作され、右会社の九州地区の総販売元である九州建設機械販売株式会社が昭和四八年一月五日小城重機建設株式会社に対し割賦代金完済により所有権を譲渡し、次いで右会社が昭和四九年一二月三日原告に対し同様割賦代金完済により所有権を譲渡し、ここに原告は本件機械を所有するに至つたことが認められる。

三被告は、本件機械を前所有者である有限会社石神自動車から買受けてその所有権を取得した旨主張するが、右会社が本件機械を所有していたことを裏付けるべき証拠はない。

四そこで、被告の即時取得の抗弁について検討することとする。

〈証拠〉によると、以下の事実が認められる。

1  原告は昭和五〇年二月二四日白川組こと白川寅雄に対し代金五九五万六、一八五円、その支払方法は同年三月一〇日から昭和五一年一〇月三一日までの割賦払、代金完済まで所有権を原告に留保するとの約定で売却したが、右白川は昭和五〇年八月末手形不渡を出して倒産し、右代金を完済することができなかつた。

2  右白川の倒産後、自動車の整備などを業とする有限会社石神自動車(代表取締役石神純人)は、右白川に対し債権を有していたところから本件機械を自己の占有に移した。

3  右石神自動車は同年八月二五日ころ電話で被告に対し本件機械の買取り方を申込んだ。

そこで、被告の営業課長楯川正行は、財団法人日本産業機械工業会発行の表により本件機械が昭和四五年一〇月に製造されたものであつて、その後既に四年一一か月を経過しているところからメーカーないしデイーラーの通常の割賦払期間を終つていることを確認すると同時に、はじめての取引であるため被告の専属的取引先である九州の三協商会に右石神自動車の信用状態を聞き合わせて大丈夫という返事を得たうえ、本件機械を買受けることとした。

4  右楯川は、同年九月一目ころ右石神自動車から電話で本件機械を代金一九五万円で買つてほしい旨要請され、その際、本件機械の主要個所の調子を尋ねたうえ、その機能状況から本件機械の様子を判断し、但し後日現場をみて余りに様子が違うときには代金額を再検討するとの留保事項を付して、右要請の代金額で買受ける旨回答した。

5  同年同月三日ころ被告は右石神自動車から本件機械の引渡を受け、代金一九五万円を同会社に支払つた。

その際、被告は本件機械を東南アジア方面に輸出する予定であつたので、税関の指示に従い、右石神自動車から同会社発行の譲渡証明書の交付を受けるとともに、同会社所有の機械である旨の誓約書の交付を受けた。

6  本件機械は当時新車で公示価格が金七五〇万円であり、被告は右買受け後、輸出するための整備をしてその費用として約一三〇万円を要したものであつて、右代金額一九五万円は特に低廉であつたとまではいえない。

以上の認定事実によると、被告は、本件機械を買受けるに際し、有限会社石神自動車の占有する本件機械を同会社所有のものと信じて、その製造年月からメーカーおよびデイーラーの割賦払期間を経過していることならびに同会社の信用状態を調査の上、相当の代価を支払つて取得したものであつて、平穏、公然、善意、無過失にて本件機械の売渡を受けたことによりその所有権を即時取得したものというべきである。

原告は、メーカーの発行する譲渡証明書を確認するか、それがない場合にはメーカーあるいはデイーラーに照会して所有権の帰属を確認し、必要に応じてその所有権の移転先を順次追跡調査することにより、当該建設機械が売手の所有であることを確認すべき注意義務があるのにかかわらず、被告はこれを怠つた旨主張するとともに、本件機械の譲渡証明書(甲第五号証)を提出した。しかしながら、〈証拠〉によると、弁護士法第二三条の二第二項に基づき大阪弁護士会長が九州建設機械販売株式会社に照会したところ、右譲渡証明書は本訴提起前の昭和五〇年九月二三日に右会社により発行されたものであることが判明したものであつて、被告が本件機械を買受けた時点ではメーカーあるいはデイーラー発行の譲渡証明書が未だ発行されておらず、少くとも原告はそれを所持していなかつたことが認められるから、被告としては本件機械の譲渡証明書により所有権関係を確認することはできなかつたものである。また、〈証拠〉によると、メーカーあるいはデイーラーは建設機械の直接の販売先の名称、残債務の有無などについての記録を所持しているが、その後の所有権の移転関係を逐一記録する建前をとつておらず、修理用の部品の引合いなどからその後の所有権者を知り得た場合などにそれを記録しているに過ぎないことが認められ、〈反証排斥略〉。そうすると、メーカーあるいはデイーラーの通常の割賦払期間を経過した建設機械について、譲渡証明書がない場合、わざわざメーカーあるいはデイーラーに照会してもその直接の販売先を知ることができるだけであつて、その後の所有権移転先を知ることはできないわけであり、かつ建設機械も動産である以上、転々する所有権のその後の移転先を順次追跡調査すべき注意義務があるものと解することはできないから、前記判断を変更することはできない。

五原告は、再抗弁として、本件機械の買受けにあたり、被告において有限会社石神自動車がその所有者でないことを十分に知つていた旨主張するが、前記認定のとおりであつて右主張を採用することはできない。

もつとも、〈証拠〉によると、原告から本件機械の所在調査を依頼された椿義雄が昭和五〇年九月一七月ころ被告方に赴き、被告代表取締役岡田英次郎らの言動に多少あいまいな点があつたことがうかがわれないわけではないが、これをもつて前記認定を動かすことはできない。

六よつて、原告の被告に対する所有権に基づく本件機械の引渡請求は、その前提を欠き失当であるから棄却すべきである。

(反訴について)

七被告が昭和五〇年九月三日ころ有限会社石神自動車から本件機械を買受けてその所有権を即時取得したことは、本訴について既に認定したとおりである。

八そして、原告が当庁昭和五〇年(ヨ)第二九四一号事件の仮処分決定に基づき、遅くとも昭和五〇年九月一九日本件機械を執行官の保管に付したことは、当事者間に争いがない。

本件仮処分執行は被保全権利なくして行われたものであつて、実体的には違法というべきであり、かつ被告が本件仮処分執行により本件機械の使用収益を妨げられたことは弁論の全趣旨により明らかである。

ところで、仮処分の執行が被保全権利の不存在により実体的に違法であつた場合、その執行により被申請人に対し損害を与えた申請人は、故意、過失がなくても、被申請人において申請人の調査活動を妨害したり、またその調査にあたり特に不審を招くような不当な行動をとつたなどの特別の事情がない限り、被申請人に対しその損害を賠償すべきものと解するのが相当である。そのように解釈するときは仮処分制度の利用が阻害されるとの反対意見もあるが、損害負担の衡平を考えるとき、通常訴訟手続による判決に基づく強制執行などを待たないで、暫定的に緊急の措置としてより簡易な仮処分制度を利用した以上、その申請人に無過失責任を認めてその損害を負担させる方が、仮処分制度の構造上十分な防禦の機会を与えられないまま(本件の場合は原告の一方的疏明による。)、実体的に根拠のない仮処分執行を受けた被申請人をしてその損害までを甘受しなければならないものとするよりも妥当である。そして、右の解釈は仮執行宣言付終局判決に基づく執行の結果について無過失責任を負わせる民事訴訟法一九八条二項の類推適用により可能であつて、実定法上の根拠を有するものと考える。

原告は、本件仮処分執行前に椿義雄が原告から依頼されて被告代表取締役岡田英次郎などに合つて調査した際、被告が本件機械を即時取得することにつき強い疑念をいだかせる行動をとつた旨主張し、前記認定のとおりその際被告代表取締役岡田英次郎の言動に多少あいまいな点があつたことがうかがえないわけではないが、未だ被告に前記特別の事情があつたとまでは認めることができない。

九そして、〈証拠〉によると、以下の事実が認められる。

1  昭和五〇年から同五二年にかけて、本件機械の大阪におけるオペレーター付き一時間当りの賃貸料金は、整備、保守、修理などの費用、保険料、賃貸借契約締結に伴う機械の運搬費などすべて賃借人の負担として、平均して金三、五〇〇円であるところ、機械運転工の一時間当り賃金は多くの場合金八五八円であるからこれを右金額から差引くと、オペレーターなしの本件機械の賃貸料金は一時間当り金二、六四二円、一日八時間稼働するとして一目当り金二万一、一三六円となる。

2  右賃貸料金は比較的に短期間の場合のものであつて、長期間の賃貸借の場合にはさらに割引きされるのが通常であるとともに、休業する日もあるところ、その日数をも入れて平均すれば、本件機械の長期賃貸借の場合における一日当りの賃貸料金は、前記金額より五割を差引いた金一万〇、五六八円を下ることはないものとみられる。

3  本件機械は被告において整備を大体終つていたものであるから、大修理を要しないで、少くとも二年間はこれを賃貸することができた。

4  従つて、被告は、本件仮処分の執行により、昭和五〇年九月一九日から昭和五二年九月一八日までの間に、もし本件機械を賃貸しておれば、金七七一万四、六四〇円(金一万〇、五六八円に七三〇日を乗ずる。)の賃貸料金を得られたのにかかわらず、それを失い同額の損害を被つた。

以上のとおりであるが、原告は損害額の算定について賃貸料相当額によるべきではなく、転売利益の喪失額によるべきであると主張するが、被告において将来本件機械を売却しない限り転売利益の喪失額を確定することはできないものであり、本件の場合、損害額の算定について賃貸料相当額によるのもやむを得ないものと解する。

一〇そうすると、原告は被告に対し本件損害賠償金として少くとも金七五〇万円を支払うべき義務がある。

一一よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、被告の反訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(高山健三)

別紙目録〈省略〉

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